大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10237号 判決

原告

相馬株式会社

右代表者代表取締役

相馬哲平

右訴訟代理人弁護士

板垣圭介

被告

株式会社サン、プロジェクト

右代表者代表取締役

鈴木綾子

右訴訟代理人弁護士

宮崎英明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

2  被告は、原告に対し、金六四万七〇六五円及び昭和六〇年七月三〇日から右1の明渡済みまで一箇月金一五万三〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右1、2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の所有者であるが、昭和五四年五月三一日、被告に対し次の約定(以下「本件契約」という。)に基づき、本件建物を貸し渡した。

(一) 賃貸期間 昭和五四年六月一日から三年間

(二) 賃料 月金一一万円

(三) 賃借人の負担する費用

(1) 管理費 月金一万六〇〇〇円

(2) 空調費・電気料・水道料・外灯料・ゴミ代

(四) 賃料は毎月末日まで翌月分を支払う。

(五) 被告が、賃料・管理費・諸費用(以下「賃料等」という。)の支払を一回でも怠つた場合、原告は無催告で本契約を解除できる。

2  その後、原、被告の合意により、賃料は月金一三万二〇〇〇円、管理費は月金二万一〇〇〇円にそれぞれ増額改定された。

3(催告による解除)

(一) 被告は、本件契約による賃料等のうち昭和六〇年四月分として金一四万二九六五円を支払つたのみで残金四万六三四〇円を支払わず、同年五月分金一九万四七五〇円、同年六月分金二〇万二九六〇円、同年七月分金二〇万八一一五円を支払わない。

(二) 原告は、昭和六〇年七月一五日到達の書面により被告に対し、右期間の賃料等合計金六五万二一六五円を七日以内に支払うよう催告するとともに、同月二九日到達の書面により本件契約を解除する旨の意思表示をした。

4(無催告解除)

(一) 仮に前記3(一)の事実が認められないとしても、被告による賃料等の支払状況は別表Ⅲ「入金状況」のとおりであり、同表中の◎印の付した月の賃料等の合計額に対応した入金がなく、結局それらの合計額である金二二七万二〇九五円は未払である。

仮りに、同表中の「対応なし分(入金分)」合計金一六一万九九三〇円をこれに充当したとしても、差引金六五万二一六五円が未払である。

(二) 被告は右のほか、別表Ⅰのとおり、賃料等の支払を度々遅延し、原告が再三請求したにもかかわらず、遅延の状況は改善されなかつた。

(三) 右の支払遅延状況からみて、原被告間の信頼関係は破壊されたので、原告は被告に対し、本件第三回口頭弁論期日において、前記1(五)の特約に基づき本件契約を解除する旨の意思表示をした。

5  よつて、原告は被告に対し、本件契約の解除に基づき、本件建物の明渡し及び左記金員の支払を求める。

(1) 金六四万七〇六五円

(内訳)

昭和六〇年四月分 管理費残額 一万〇〇三五円 諸費用 三万六三〇五円

同年五月分賃料等 一九万四七五〇円

同年六月分同 二〇万二九六〇円

同年七月分(ただし、二九日分まで)賃料 一二万七六〇〇円 管理費 二万〇三〇〇円 諸費用 五万五一一五円

(2) 解除の翌日である昭和六〇年七月三〇日から右建物の明渡済みまで一箇月金一五万三〇〇〇円の割合による賃料及び管理費相当額の損害金

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(五)の約定があつたことは否認し、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、(一)の事実は否認し、(二)の事実は認める。後述のとおり昭和六〇年四月分ないし七月分の賃料等は支払済みである。

4  同4のうち、被告による賃料支払状況が別表Ⅰの「入金月日」及び「入金額」のとおりであり(ただし、充当関係は争う。)、一箇月ないし三箇月遅延することが度々あり、原告主張の解除当時、従前からの未払分が合計金六五万二一六五円あつたことは認めるが、その余の事実は争う。

5  同5は争う。

三  抗弁

1(催告解除の無効)

被告は昭和六〇年二月ないし七月までの間、原告からの毎月の請求額どおり、賃料等を左のとおり弁済した。

(1)  昭和六〇年二月一五日 金一九万五一一〇円

(2)  同年三月八日 金一九万七六三〇円

(3)  同年四月一五日 金一八万九三〇五円

(4)  同年五月一五日 金一九万四七五〇円

(5)  同年六月七日 金二〇万二九六〇円

(6)  同年七月一〇日 金二〇万八一一五円

2(信頼関係を破壊しない特段の事情)

(一) 被告は、仙台市在住の鈴木忠が全資本を拠出して設立した会社であり、同人の親族である被告の前代表者渡辺徹(以下「渡辺」という。)にその経営を任せてきたが、右渡辺はガンという不治の病をかかえていたため、事業上の収支管理に対する注意力が散漫となつて、本件建物の賃料等の支払を原告主張のとおり度々遅延していた。しかし、原告はこれを黙認し、月遅れの支払であつても受領していた。

(二) 原告からの前記催告の書面が到達した時、折り悪しく右渡辺は手術のため入院中であり、催告書を現実に受領した従業員がその重大性を知らずに放置し、昭和六〇年七月二九日、原告の契約解除の通知が到達するに至り、初めて被告会社のオーナーである前記鈴木忠らに報告して事情が明らかになつたのである。右鈴木は、入院中の渡辺から賃料等の未払分が残つていることを初めて聞き、直ちに原告方に赴き、未払賃料の弁済を申し出たところ、原告はこれを快諾してくれたので、原告主張の未払金額六五万二一六五円を昭和六〇年八月九日原告へ振り込み送金した。

(三) 右事実に照らせば、原、被告間の信頼関係はいまだ破壊されたものとはいえない特段の事情があるものと言うべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告主張の日に主張の各金員が支払われたことは認める。後述のとおり、右各金員は、未払分に充当されたものであり、したがつて、原告主張の時期の賃料等は支払われていない。

2  同2の事実のうち、訴外鈴木が原告方を訪れたこと、被告主張のころ振込送金があつたことは認め、その余は知らない。原告は右金員を受領せず、被告に送り返した。

五  再抗弁(抗弁1に対するもの)

被告から原告に対する賃料等の入金及びその充当関係の明細は別表Ⅱのとおりである。したがつて、被告主張の各金員は、昭和五九年一一月分ないし昭和六〇年四月分の賃料等の未払分に充当されている。右のような充当を行う旨の意思表示は、あらかじめ又はそのつど原告から被告に対して行つている。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁事実は否認する。充当についての原告主張の意思表示はなかつた。

2  賃料等のうち、賃料のみは翌月分払の約定であつたが、空調費、電気料等は、原告において当月分の使用量を計算した上、これらの費用及び管理費に翌月分の賃料を合算した金額を請求書に明示して、毎月、被告に請求し、これに応じて被告は原告の指定した銀行口座に振込送金するという方法をとつていたものであり、したがつて、抗弁1記載のとおりむしろ原告の指定にしたがつて被告は該当する月の賃料等を支払つてきたものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が被告に対し、昭和五四年五月三一日、本件建物を本件契約(ただし、請求原因一1(五)の無催告解除の特約を除く。)に基づいて賃貸したこと、その後、賃料等の金額が原告主張のとおり改定されたこと、原告は昭和六〇年七月一五日被告に対し、賃料等のうち同年四月分の残り部分及び五月ないし七月分合計金六五万二一六五円を七日以内に支払うよう催告するとともに、同月二九日到達の書面により本件契約を解除する旨の意思表示をしたことはそれぞれ当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件契約には原告主張の無催告解除の特約があつたことが認められる。

二そこで、まず、請求原因3の催告による解除の許否について判断する。

1  抗弁1の事実のうち、被告が原告に対し、被告主張の日に主張の各金員を支払つたことは当事者間に争いがないが、右の充当関係について、原告は再抗弁として右各金員は昭和五九年一一月分ないし昭和六〇年四月分の賃料等の未払分に充当した旨主張する。

しかし、原告主張の未払分が当時あつたとしても、原告において被告主張の右各金員を右未払分に充当する旨の意思表示を包括的又は個別的に行つたとの点については、これに沿う〈証拠〉は後記認定に照らしてにわかに措信できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

2  かえつて、〈証拠〉によれば、実際の賃料等の支払は、当月分の電気使用料等に翌月分の賃料、管理費を加えた金額を原告において計算の上、請求書を毎月末ごろ被告に送付し、これに基づいて翌月初旬ないし中旬ごろ被告は右請求書記載の金額を振込送金の方法によつて支払つていたこと及び原告において右請求書に基づいて正規に支払を求めた昭和六〇年四月分ないし七月分の賃料等は、次のとおり当月内には支払われていたことが認められる。〈編注・左表〉

(請求書名)

(金額)

(請求書日付)

(支払われた日)

四月分

一八万九三〇五円

六〇・三・二五

六〇・四・一五

五月分

一九万四七五〇円

な    し

六〇・五・一五

六月分

二〇万二九六〇円

な    し

六〇・六・ 七

七月分

二〇万八一一五円

六〇・六・二五

六〇・七・一〇

3  右事実によれば、少くとも原告が支払を催告した右四箇月分の賃料債務は催告当時既に弁済によつて消滅していたものと言わざるを得ないから、結局、原告主張の催告による解除はその前提を欠き、無効である。

三次に、請求原因4の無催告解除の許否について判断する。

1  同4(一)、(二)の事実のうち、昭和五六年一〇月以降の被告による賃料等の支払状況が別表Ⅰの「入金月日」及び「入金額」のとおり(ただし、充当関係を除く。)であり、右各支払が一箇月ないし三箇月遅延することが度々あつたこと、原告による本件契約の解除がなされた当時、従前からの賃料等の未払分が合計金六五万二一六五円あつたことはそれぞれ当事者間に争いがない。

被告は右のような遅延が生じたことについては、やむを得ない事情があつたとして、抗弁2(信頼関係を破壊しない特段の事情)のとおり主張するので、以下、この点について判断する。

2  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(原告側の事情)

(一) 別紙物件目録記載冒頭の店舗兼共同住宅には、本件建物を含めて原告が他に賃貸している店舗が七軒、貸室が四九軒あり、賃貸関係の担当者は前記認定のとおり毎月下旬に当月分の電気使用料等と翌月分の賃料、管理費を合算した請求書を各賃借人に送付して支払を求めていたが、そのうち被告からの支払状況は芳しくなく、別表Ⅰのとおり一箇月ないし三箇月遅延することが度々あり、担当者は電話等で前記渡辺に時々催促していた。

(二) 昭和五八年一一月には同年八月から一一月分合計八八万円余を滞納したので、書面で解除する旨を通知したが、まもなく被告は右滞納分を支払つたので、従前どおり賃貸借を継続していた。

(三) 被告から振込送金が行われると、原告の担当者は自動的にその一部又は全部を未払分に充当していたが、毎月被告宛送付する前記請求書には右充当の結果ないし未払分の金額を全く示さず、機械的に当月分の電気使用料と翌月分の賃料、管理費の合算額のみを記載していたため、右請求書どおりの金額がまもなく支払われても、原告の帳簿上は、まず、未払分に充当していたので毎月の賃料等が常に一ないし三箇月遅れの状態として記載されていた。

(四) 昭和六〇年四月分ないし七月分の賃料等についても、前記認定のとおり請求書どおりの金額がまもなく送金されてきたにもかかわらず、原告の担当者はこれをすべて未払分に充当した上、改めて同年七月一五日被告に対し、右四箇月分の賃料等が未払であるとして、正式に書面で支払を請求したが、被告から何ら回答がなかつたので、同月二九日到達の書面で本件契約を解除する旨の意思表示をするに至つた。

(被告側の事情)

(一) 被告の前代表者である前記渡辺は、被告のオーナーである仙台市在住の鈴木から、会社の事業として本件建物において喫茶店を経営することを任されていたが、体が弱く、昭和四六年発病し、同五九年三月手術のため入院し、本件訴訟係属中の昭和六一年三月一五日ガンのため死亡した。

(二) 右のとおり渡辺は病気及びその治療等のため店の経営、収支管理等に注意力を欠き、そのためとかく賃料等の支払を遅延し、原告の担当者からの電話等による催告を受けて、急拠未払分を支払うことが度々あつた。

昭和五九年三月病気のため入院した際、店の経営を従業員である堀口某に委ねたが、賃料等の未払分については明確な引継ぎをしなかつたため、右堀口は、売上金の中から、おおむね、毎月原告より送付されてくる請求書どおりの金額を送金していた。しかし、同人も、同年七、八月分の賃料等の支払を怠つていた。

(三) 昭和六〇年一月から右堀口に代つて従業員である清水が店の経営に当たり、同時に前記渡辺の弟で被告会社の取締役である渡辺博がこれを監督することとなつたが、同人らは当時、賃料等の未払分があることを知らず、同年一月から毎月送付されてくる請求書どおりの金額を翌月一五日以内にはきちんと原告あてに送金して支払つていたので、原告に対して賃料等の未払分があるとは考えていなかつた。

(四) 同年七月一五日ごろ、原告から同年四月分ないし七月分の未払分の支払を求める前記書面が到達した際、清水は不注意でこれを見すごし、同月二九日契約解除の通知が到達した際、前記渡辺博はその内容を知つたので、右四箇月分の賃料等は既に支払済みであることを電話で原告の担当者に告げた。

(五) しかし、その後、前記鈴木は入院中の渡辺から従前の賃料につき未払分があつたことを聞き、昭和六〇年八月、函館にある原告本社を訪ね、未払分を直ちに支払う旨を申し出るとともに本件契約の継続方を懇請し、同月一九日原告が未払分として主張する金六五万二一六五円を原告宛に送金したが、まもなく、右金員は原告から送り返された。

(六) 被告側は、その後、店の経営及び賃料等の支払等を従業員任せとしていた従来の取扱いを反省し、現在は、前記渡辺博が直接これにあたり、賃料等についても、供託はしていないが、請求があればいつでもこれを支払える態勢をとつている。

3  以上、双方の事情を比較対照すれば、被告側としては、理由のいかんを問わず、賃借人の最も重要な債務である賃料の支払を度々遅延したこと及び右支払の状況について被告の会社内部で十分な引継ぎが行われず、前記渡辺の入院後も右に関する管理状況がずさんであつたこと等の点において責められるべきであるが、他方、右のとおり賃料等の支払が度々遅延しても原告はこれを黙認してきたこと、原告は賃料等の請求をする際、未払分を毎月の請求書に明示していなかつたため、前記認定のとおり、支払状況について被告側の認識とずれが生じたこと、別表Ⅲによれば、昭和五九年以降の賃料等のうち、明らかに該当する月の支払がなかつたのは、同年七月分、八月分及び翌六〇年一月分のみであり、右三箇月分の合計額金六二万一六九〇円がおおむね原告主張の未払分金六五万二一六五円に相当すること、少なくとも昭和六〇年二月分以降は、原告からの請求書どおりの金額が毎月きちんと支払われており、当時、被告の従業員らにおいて、未払分がないものと誤信していたことについては、前記渡辺の入院等同情すべき点があること、また、右未払分については、その後直ちに、前記のとおり被告は現実にこれを提供したが受領されなかつたこと、被告は従前の取扱いを改め、現在、店の経営は前記渡辺博が行つており、賃料等の支払については万全の態勢をとることとしていることなどの事情が認められるのであり、以上の事実を比較、総合すれば、本件契約における原被告間の信頼関係については、未だこれを破壊するに足りない特段の事情があるものと解するのが相当である。

4  したがつて、この点に関する被告の抗弁は理由があり、結局、原告の無催告解除の主張も理由がない。

四よつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官奥山興悦)

別紙物件目録

所在 東京都港区西麻布三丁目九四番地四、九四番地五

家屋番号 九四番四の壱

種類 店舗、共同住宅

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下壱階付六階建

床面積

壱階 四弍八・五九平方メートル

弍階 参五参・六六平方メートル

参階 参五参・六六平方メートル

四階 参五参・六六平方メートル

五階 参五参・六六平方メートル

六階 弍九弍・四弍平方メートル

地下壱階 四参六・参八平方メートルのうち、壱階部分別紙添付図面イ、ロ、ハ、ニ、イ、の各点を順次直線で結んだ部分面積参六・〇〇平方メートル

別表Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例